「なんやて！？　佐奈ちゃんが……！？」

温泉の前、つまりは佐奈ちゃんが攫われた事件現場の前には村人たちーーつまりは、容疑者が揃った。

「そんな、佐奈、佐奈が……」「やはり、ヤナハク様の祟りじゃ……」「ちょっと、甲斐さん……」

祟り、間違っていない。むしろ、限りなく正しい。
なんせ佐奈ちゃんは温泉の湯口から伸びてきた触手に捕まって、そのまま異空間に連れ去られたのだ。
本来はアレがヤナハク様かどうかぐらいしか議論の余地は存在しない。
この誘拐事件は根本的にオカルトの領域であり、まともなロジックなんて存在しない。

「いいえ、これは単なる事件です。
　全てはトリックで説明ができる、人間による犯行に過ぎません」

だからこそ、アラカはそれを否定する。
オカルトを存在させないために、その存在を確定させてしまわないために、その存在するための隙間をロジックで埋め尽くす。
それがアラカの行う「探偵」だ。

「な、それじゃ、もしかしてーー」

「そうです、如月ヨミ殺人事件、そして佐奈ちゃんの誘拐事件ーーその犯人は、この中にいる」

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・ここにいない登場人物が一人いる
・もう、やるしかない

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「なっ……」
「ふ、ふざけるな！　私の娘が攫われたんだぞ！」
「そ、そうや！　ワシらがそないなことする訳ないやろ！？」

アラカの宣言に騒めく村人達を眺めて、タイミングを図る。
少しでいい、少しだけでも良いから、全員の意識が固まれば。


「探偵の謎解き、か。
　なら、こればかりはボクもいなければならないようだね？」

唐突だった。

この場の中心に、それまで誰もいなかったはずの空間に、本当に唐突にその少女は現れた。

「ああ、自己紹介しよう。
　ボクは萬月柵原、この村に取材で来ていた作家だよ。
　姿を隠していたのは有名人だから顔を見られたくなかったのと、事件が発生してからは他所者の自分が一番危険ではと考えて逃げ回っていたから。
　幼く見られがちだが成人している、金髪なのは母方がイギリスあたりの出身だから、育ちは日本、萬月柵原はペンネーム。本名はミツキ・ロンズテール。
　以上で問題ないかな？
　本人確認がしたければ免許証でも見せてあげよう。
　問題なければ無駄な問答は行わず、はやく探偵の謎解きを始めてもらおうじゃないか」

美しく輝く金糸の髪、幼げな外見とそれに反する落ち着きと知性を感じさせる声、先回りしたような喋り方、値踏みするような視線ーー
その全てが特異で、あまりにも目を惹く少女ーーいや、女性だった。

「い、いや、いつの間に……」
「そもそもが少し隠れていただけさ、人がいれば見つかるのは当然。
　隠れ続けるなんて人間には不可能だーー
　さて、それで探偵さん？
　この事件について、ちゃんと納得できるロジックを用意しているんだろうね？」

そう、それだ。
実を言えばボクも細かく段取りを聞いているわけでもない。
つまり、これからのアラカの推理が成立するかどうかは誰にもわからないのだ。

その上で、アラカは力強くーーボクに向けて、頷いた。

「問題ないわーー　この事件に、オカルトなんてない」

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「初めに状況を整理しますーー
　事件発生時、露天風呂の外側には私が立って見張っていて、内側ーー脱衣所の手前には助手が待機していた。
　柵は十分な高さがあり、よじ登るには時間がかかります。つまり私に気づかれないで登るのは不可能、
　屋敷の側からも、露天風呂につながる入り口は脱衣所の扉のみです」

「つまり露天風呂は密室だった、というわけかい？
　ちなみに、柵に空いたその大穴は？」
「佐奈ちゃんがいなくなったことに気がついた私が、踏み込むために柵を破壊した穴です。
　つまり、佐奈ちゃんが姿を消したときにはまだこの穴はあいていませんでした」

「……やはり、祟りじゃ。
　人間にできることではない……」
「そんな、やっぱりヤナハク様が……？」

補足すれば、佐奈ちゃんがいなくなったのは一瞬の出来事だ。
アラカいわく、ある程度一緒に過ごした相手なら多少の距離があっても気配で存在ぐらいは感知できるので攫われる直前までそれで存在を確認していたそうな。

「そして、柵に穴を空けて踏み込んだ私はまず露天風呂の湯船にいないかを上から見回し、次に洗い場を確認しました。
　洗い場には誰もいなかったことを確認しましたし、お湯はこの通り透明ですから、佐奈ちゃんが沈んでいるはずもない。
　そう考えて、廊下を走って脱衣所に向かいましたがーードアのところに助手がいるだけでした」

この辺り若干事実とは相違があるけれども、それを知っているのは「探偵側」だけだ。
加えて言えば、ボクは風呂の中には踏み込んでいないのは事実。
「容疑者」の側からは指摘が不可能だ。

「ちょいちょい、それじゃ完全に不可能やないか？
　犯人はどこからも入ってこれんかったゆうとらんか？」

「ええ、その通りーー犯人は、入ってこなかったんです。
　だって、元々いたんですから」

「はあ？」
「ほうほう、例えば洗い場とかに隠れていた、という事かい？」
「いや、そんなもの佐奈が入った瞬間に気づくでしょう。
　大体、この風呂場には身を隠せるような場所なんてどこにもないじゃないですか」

「ふむ、それはその通り、この露天風呂にはロッカーや物置も存在しない。
　最低限の洗面具を置いた洗い場、すのこ、そして湯船ーーその程度の物しかないようにボクにも見える。
　だからこそ探偵さんも、この風呂の中の探索は素早く切り上げて脱衣所の方へ向かったというわけだ」

そう、人間が隠れられるようなスペースは存在しない。
事実としては、触手が排水管を遡ってきて侵入してきたんだから当然だ。

「そう、ですよね。　隠れる場所なんて」
「あ！　湯船ん中に隠れとったんか！？」
「それこそあり得ない！　お湯はこの通り透明で底の石畳が見えている。
　中に人間が潜っていたところで上から丸見えだ！」
「それに、お湯の中じゃ息だってできませんよ……」
「祟りじゃ……　こんな罰当たりな真似をしては、お主も祟りにあうぞ……」

「いいえ、村長さんは正しいですよ。
　犯人は湯船の中に隠れていたんです。
　ただし……　外からは見えないように、です」

「はあ？　そんなことできるわけないやんけ！？」
「そんなことができるなら、むしろそれこそ……」
「やっぱり、これは……」

「ふむ……　まあ待ち給え、仮にそれが可能だという場合、犯人の動きはこういうことかな？
　①アラカ君達が不在の間に風呂場に侵入
　②風呂場に入った佐奈ちゃんに気づかれないように隠れ続ける
　③佐奈ちゃんを襲い、昏倒させる
　④再び隠れてアラカ君をやり過ごす
　⑤アラカ君が屋敷側にいる間に佐奈ちゃんを攫って逃走
　⑥佐奈ちゃんを近場に隠してから、何食わぬ顔でここに合流
　ざっとこんな感じかね？
　しかし、そうだとすると複数の疑問点が発生するよ？」

「ええ、そうですね。
　問題ないのは①③⑤ぐらいでしょうか。
　②④は隠れた方法、それも二人が隠れる方法。
　⑥も佐奈ちゃんを隠した後で、ここに合流するまでの僅かな時間でどうやってお湯で濡れた体を乾かすのか、という問題があります」

「その通り。
　追加すれば、②④については呼吸の問題もあるし、⑥について言えばこの村にはドライヤーの類があるかはかなり怪しい、焚き火というのも現実的ではないね。
　火は目立つし、隠したところで煙の匂いも出てしまう」

「はい。ドライヤーは小型の持ち込み式も存在しますがそれで全身を短時間で乾かすのはかなり難しいですし、大型となればバッテリーの問題が出てくる。
　焚き火も論外ですし、ストーブの類も同様です」

「な、なんや！？
　それじゃあやっぱり不可能やないか！？
　まさかホンマに……」

祟りーーその言葉が浮かぶ、浮かばせる。
印象を誘導しておくことに意味がある。

「いいえ、全て単純なトリックです。
　それを今から説明していきます」

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「まず、第一のトリック。
　人間が隠れるスペースについてですが……
　皆さん、この湯船にお湯を注ぎ続けている湯口の役割、知っていますか？」

「それは……　お湯を注ぎ足す為だろう？
　排水口もあるし、人間が入れば溢れてしまう分のお湯を注ぐための蛇口だ」

「はい、一般的な露天風呂であればそれだけです。
　ですが、温泉ーーこの村のような山際の源泉から熱湯を汲み上げている場合は、別の役割があります」

「それはつまり……　温度を調整する機能が必要だ、ということかい？
　例えば水と混ぜ合わせるとか」

「その通り。
　温泉に限っては湯口には汲み上げた熱湯と、水を混ぜて温度を調整する機能があります。
　そして、そのためには……」

アラカが湯口の根本ーーよく見れば継ぎ目のある浴槽の縁に力を入れるとーー

「なーー！？」

ポッカリと、スペースが空いた。
この大きさなら、伏せていれば人間が二人隠れることも不可能ではないだろう。

「勿論、もともとこんなにスペースがあるわけではありません。
　源泉から汲み上げたお湯のパイプと、通常の水道から水を引いてくるパイプ、それらを攪拌する機械がありますからね。
　ですが今はこの通りーー通常の水道から、普通のお湯を引いてくるだけのホースがつながっている。
　隠れるスペースを作るために、犯人が事前に工作したんです」

「な、なんてことや……」
「…………」

ちなみに、これは勿論犯人による工作なんかではない。
湯口の中のパイプや機械はアラカが(力づくで)取り外してボクが屋敷の中に隠した。
ついでに言えば湯口辺りの縁が外れるのはアラカが佐奈ちゃんを取り戻そうとぶっ壊したからだ。
本人曰く、退魔師は身体機能を強化できるからコレぐらいの怪力は普通とのことだが絶対に嘘だと思う。

「なるほど、これなら隠れることは問題ない……
　しかし、呼吸はどうなる？
　今もそうだが、継ぎ目を作ってしまったことで中のスペースにお湯が入り込んでいる。
　内側から密閉すればお湯は防げるかもしれないが、長時間隠れられるほどの空気が確保できるかは怪しいし、何よりそれでは飛び出すのに時間がかかってしまう」

「そ、そうじゃ！　こんなところに空間があったからと言うて、人間には不可能じゃ！！
　ヤナハク様の仕業に違いないじゃろう！」

「いいえ、その点は簡単です。
　湯口のスペースは蛇口がある関係上、僅かに水面より上に出ている箇所があります。
　シュノーケルがあれば犯人自身は問題なく呼吸ができるでしょう」

「ふむ、しかし問題は佐奈ちゃんの方だろう。
　昏倒した状態で水面下に引き摺り込まれたなら、シュノーケルをちゃんと咥えるのは難しい。
　意識があったとすれば助けを求めて暴れるだろうから、昏倒していなかったと言うのも考え難い」

「すのーけ……？　そ、そうじゃ！
　佐奈ちゃんがそんなものを使っておったなどありえんじゃろう！」

「佐奈ちゃんだけであれば、シュノーケルを使う必要はないんです。
　私をやり過ごすには精々30秒あれば良かった。
　人間が30秒で呼吸する量はおよそ500〜1000mlと言われています。
　つまり、犯人が用意するべきは1L足らずの酸素を入れたボンベと、昏倒した人間でもそれを吸い込めるだけの広い吸入口だけなんです。
　ボンベはペットボトルなどでも良いですが……
　おそらく、コレです」

アラカがよく見えるように掲げたのは、萎んだゴム風船だ。
昼間に農具や肥料の倉庫で見つけた物ーー佐奈ちゃんは鳥避けの物だと言っていたやつだ。

「な、なるほど……
　その鳥避け風船なら、農具の倉庫や、なんなら畑に行っても幾らでも手に入るわな……
　そ、そんなら吸入口は何なんや？
　気絶しとったら風船から空気吸うなんてできひんやろ？」

「ええ、それなんですが……
　そこに浮かんでいます」

「え？」

アラカが指差した先は湯船、いやーーその水面に浮かぶ

「洗面器か！　ははは成る程！
　人間の顔がちょうど入るサイズで、3L程度は容量がある！
　上向きにした佐奈ちゃんの顔に洗面器を被せて、下から風船で洗面器の中に空気を注いでやれば30秒程度は問題なく呼吸できるスペースを確保できると言うわけだ！！
　いや、成る程！　余りにも当たり前に置いてあるから気がつかなかったな！
　完璧に実行可能で、かつ余りにも簡単なトリックだ！！」

村人達ーー容疑者たちは全員、もはや呆気に取られたような表情だ。
これで最大の謎、佐奈ちゃんと犯人が消えた謎は説明をつけられてしまった。

ーー勿論、細かく詰めれば粗はいくらでも出てくる。
だがそんな暇は与えない、詰めるのはこちらの側だ。

「さて、それでは最後の謎、どうやって犯人は何食わぬ顔で合流したのか？
　私が柵に空けた穴があれば逃げて隠れるだけならできますが、それから今こうして戻ってくるまでに体を乾かすなんてできるのか？」

「え、いや……」
「そうだね、服は着替えるなり何なりで誤魔化せるにしても、髪はどうにもならない。
　見たところ……  髪が濡れている人は居ないようだ。
　ああいや、一人だけ、そもそも髪がない人はいるね？」

視線が集中する。
ただ一人、髪がない村人ーー村長さんにだ。

「なーー！？　ち、違うで！？
　ワシはやっとらん！！　ホンマや！！
　犯人やない！！」

「いや、でも……」「そういえば、さっき……？」

「いえ、村長さんではありませんよ。
　理由はいくつかありますが……   単純に、入りきらないでしょう？」

指差す先は村長さんのでっぷりと太ったお腹だ。
ビール腹の村長さんは一人で1.5人分ぐらいのスペースを使ってしまう。

ーー何より、彼は昼のサイコメトリーでシロであることが確定している。
だから犯人にしてはいけないのだ。

そう、これは謎解きなんかじゃない。
ロジックで謎を解いて犯人を見つけ出すのではなく、初めからわかっている犯人に結論を紐付けるためにロジックを組み立てて事実(オカルト)を否定する儀式。

だからーー

「そう、村長さんではない。
　そして髪を含む体を、ドライヤーも火も使わずに乾かすことが出来た人物、それはーー」

「甲斐さん、貴方が犯人です」


















　

